あの夏になくした光について

日々思ったことを詩にします。徒然日記もたまに。

産むという責任

母親に「産んだのなら責任をとって殺してくれ」と言った。

「そんなことできるわけない」と言われた。

すごく頭にきた。

勝手に産んで、こんな地獄を生きているのをみても殺してもくれないのか?

殺してくれるのが愛情じゃないのか?

 

私は子供を絶対に産まないと決めているけど、もし産むとしたら

①一生何があっても養えるだけの経済力をもつ

②子供に障害や病気があり、本人が死を望むなら共に死ぬ覚悟をもつ

③外見など、遺伝によって避けられなかった事について、整形費用などを全額出す用意をする。

 

くらいの気持ちではいたい。

 

親の都合でこの世に産まれて、地獄を味わいながら一生治らない病気と生きていかなければならない私の事を少しは考えて欲しかった。

私の苦しみに寄り添って欲しかった。

もう自分で自分を救う以外の手立てがない。

つまり自殺だ。

何度も試みたがことごとく失敗に終わってきた。

首吊りをするために、ドアの上部に紐をかけて椅子を蹴ったら、紐がすっぽ抜けて床にお尻から落ちた時ほど情けなかった事はない。

いつになれば生存本能を捨てて、死を選び取ることができるんだろう。

飛び降り、川への飛び込み、首吊り、動脈を切る、など。

様々な方法を考えるが、実際やるとなると痛みや苦しみへの恐怖があふれてくる。

あの時紐が外れなければ死ねていたのかといまでも悔しくて仕方ない。

 

死にたくて仕方ない夜。

夜は碌な事を考えない。

だから夜なんて来なくていい。

朝も来なくていい。

つまり、今日で終わればいい。

 

産んだ事の責任をとってくれる親のもとに産まれたかった。

子供を産むことの重みをわかっている親のもとに産まれたかった。

この二人の元に生まれたのが失敗の始まり。

虐待もあり、何故私を産んだのか本当にわからない。

 

もうどうでもいいんだ

楽に死なせてくれ

明日の朝目が覚めませんように

それを神様に祈ることしかできない無力な夜。

消えたい